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函館地方裁判所 昭和32年(レ)53号 判決

函館市千代ケ岱町八十二番地

控訴人

宮松まつえ

右訴訟代理人弁護士

桐田喜久造

被控訴人

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人

林倫正

波岡五十三

小西治郎

右当事者間の昭和三十二年(レ)第五三号差押登記抹消登記手続並に仮登記抹消登記手続請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、別紙目録記載の建物に対し函館地方法務局昭和三十一年三月二十六日受付第三〇四七号を以てなした滞納処分による差押登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人等は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人において本訴請求原因および反訴請求原因に対する答弁として、別紙目録記載の建物は元訴外亀田栄喜の所有であつたが、控訴人は昭和三十年二月十五日亀田との間に、代金十二万円で之が売買契約を締結したところ、代金全額の支払ができなかつたので、同年十月二十日亀田に対し手付として金五万円を交付するとともに、右売買による所有権移転請求権保全の趣旨で、函館法務局同月二十六日受付第一〇四九二号を以て同月二十日付売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をなした。その後、控訴人は右売買代金を完済し、昭和三十一年十月十四日、該建物の引渡をうけると同時に、右仮登記に基く本登記として、同日受付第四〇二七号を以て同三十年十一月十日付売買による所有権移転の登記を経由した、右売買契約ならびに各登記は、もとより当事者の真意に基く適法なものである。然るところ、被控訴人は亀田に対する国税滞納処分として、昭和三十一年三月二十六日、右建物に対し、差押をなしその登記記入をなしたが、控訴人の前記売買による家屋所有権の取得は、本登記により、仮登記の日たる昭和三十年十月二十六日にさかのぼつて対抗力を有するのであるから、右仮登記後になされた被控訴人の前記差押登記は控訴人に対し、これを主張することができなくなつたものである。被控訴人が訴外亀田栄喜に対しその主張のような滞納租税債権を有することは知らない。

右の次第であるから、右差押登記は抹消せらるべきものであつて、被控訴人の反訴請求は棄却さるべきものであると述べ、被控訴人において、本訴請求原因に対する答弁および反訴請求原因として、別紙目録記載の建物について控訴人主張の如き仮登記および所有権移転登記の存する事実竝に被控訴人が右建物につき控訴人主張の差押をなし、その旨の登記を経由した事実はこれを認める。然し、右仮登記並に移転登記はいずれも実質的要件を欠くから無効のものである。即ち、右売買予約による仮登記が原告主張の売買契約にもとづいてなされたとするならば、右仮登記当時既に完全な所有権の移転がなされたものというべきであるから、仮登記によつて保全さるべき、売買予約上の所有権移転請求権は存在しないものというべきであるのみならず、仮に然らずとしても、右のような売買予約は控訴人の全く与り知らないところであつて、控訴人と家屋所有者である訴外亀田栄喜との間には、そもそもそのような法律行為は存しないのである。また仮に、両者間に控訴人主張の如き売買予約ないしその完結行為が成立したとしても、それは本件建物についての亀田栄喜に対する租税滞納処分を免れる目的で、両者相通謀してなした虚偽仮装の契約に外ならないから法律上所有権移転の効果を生ずるに由ないものといわなければならない。従つて、右いずれの理由によるとしても、前記仮登記および所有権移転の本登記は不成立ないし無効の登記原因に基くもので何等効力を有しないのであるから被控訴人の本訴請求は棄却さるべきであるとともに、右建物は依然として亀田栄喜の所有に属するものというべく、被控訴人は亀田に対し、財産税、所得税等合計金百三十三万八千三百二十三円の租税債権を有するから、該債権を保全するため、債務者たる亀田に代位して控訴人に対し、反訴により前記仮登記および所有権移転登記の抹消登記手続を求める次第であると述べ、立証として、控訴代理人は甲第一、二号証を提出し、当審における証人亀田栄喜の証言および控訴本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、被控訴人指定代理人は乙第一ないし第二十号証を提出し、原審における証人亀田栄喜の証言および原告本人尋問の結果ならびに原審および当審における証人阿部島康夫の証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

別紙目録記載の建物が、もと、訴外亀田栄喜の所有であつたこと、右建物について控訴人のため函館法務局昭和三十年十月二十六日受付第一〇四九二号を以て同月二十日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、次いで同三十一年四月十四日受付第四〇二七号を以て同三十年十一月十日付売買を原因とする所有権移転の本登記のなされた事実は、当事者の間に争いがない。被控訴人は、売買契約を締結しながらこれを原因とする売買予約の仮登記をなすことは許されないばかりでなく、被控訴人と亀田栄喜との間には、右のような売買予約は全然存在しなかつた旨を主張するけれども、売買契約を締結するに際し、所有権移転登記の条件が具備しないため、売買予約にもとづく所有権移転請求権保全の仮登記をなしたからといつて、直ちに右仮登記をもつて無効と解すべきものではなく、後記認定のとおり、控訴人と亀田栄喜との間には控訴人主張の家屋につきその主張するような売買契約が締結されたことを認めることができるから、被控訴人の右主張は採用することができない。然しながら成立に争いのない乙第一ないし第二十号証、原審および当審における証人亀田栄喜および控訴本人の各供述の一部ならびに原審および当審証人阿部島康夫の証言を綜合すれば、控訴人主張の右所有権移転請求権保全の仮登記および所有権移転の本登記は、控訴人と家屋所有者である亀田栄喜との間に締結された右家屋売買契約にもとづき、売買代金の一部未払であるとして先ず仮登記がなされ、次いで代金の完済があつたものとしてその本登記として所有権移転登記がなされたものであつて、その登記手続に関する一切の事務は亀田において処理し、控訴人は右各登記手続には全く関与しなかつたこと、控訴人は当時見るべき資産を有せず、僅かに年額一万円の遺族年金と日傭労働による報酬をもつて家族四人の生計を支えていたものであつて、右家屋については仮登記および本登記の前後を通じ本件訴訟の提起当時まで、整地賃料を支払つたことがないのは勿論その所有者の氏名すら知らず、新たに取得した家屋の賃借人についてもその氏名、賃料額等について何等知るところなく、賃料の取立その他家屋の管理等一切の事務は従前どおり亀田栄喜において処理し、取立賃料を控訴人に支払い、又は控訴人においてこれに対する謝礼等を支払つた等の形跡は存しないこと、仮登記後本登記迄一年以上の期間に亘り契約の締結、売買代金の支払等に関し契約書または領収書の作成授受された形跡は全く存しないこと、仮登記後本登記迄一年以上の期間に亘り契約の締結、売買代金の支払等に関し契約書または領収書等の作成授受された形跡は全く存しないこと、他面、訴外亀田栄喜は道南住宅株式会社を主宰し、不動産の売買斡旋業を営み、控訴人の生計を援助する趣旨でこれを右会社の役員として名を連ねさせ、同人との間柄は極めてじつ懇の関係にあつたこと、当時同訴外人は総額百万円を超える国税・地方税の滞納を有し、その所有名義の不動産に対し滞納処分による差押を執行される切迫した状況にあつたこと、当時、昭和二十九年三月から昭和三十一年七月までの間に、亀田栄喜所有名義の少くとも四筆の土地・建物につき、控訴人に対する売買予約にもとづく所有権移転請求権保全の仮登記および所有権移転の本登記がなされ、そのうち一筆の宅地のみがその後第三者名義に所有権移転登記を経由しているに過ぎないこと等を認めるに十分であつて、右認定の事実に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、右売買契約は訴外亀田栄喜においてその所有家屋に対する滞納処分の執行を免れるため、控訴人と通謀してなした虚偽の意思表示と認めるのを相当とし、原審および当審における証人亀田栄喜および控訴人本人の供述中、右認定に反する部分はいずれも措信し難く、他に右認定を左右する証拠は存しない。してみれば、本件建物所有権は控訴人に移転すべき理由はなく依然として前記訴外人に属し、前記仮登記および所有権移転登記はいずれも登記原因を欠き無効のものと云わねばならない。従つて本件建物について、控訴人主張の如き滞納処分による差押登記の存する事実は、被控訴人の認めるところであるが、控訴人において、その抹消を求め得べき限りではないから、控訴人の本訴請求は理由なきものとならざるを得ず、被控訴人が右亀田に対し、現に総額百万円以上の滞納租税債権を有することは成立に争いのない乙第十四号証により明らかであるから、被控訴人において右債権保全のため、債務者でさる右亀田に代位して同人の家屋所有権にもとづき前示仮登記および所有権移転登記の抹消登記手続を求める反訴請求は理由ありといわなければならない。以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は失当であつて、被控訴人の反訴請求はその理由があり、これと同旨に出た原判決は相当であるから本件控訴はこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江尻美雄一 裁判官 小山俊彦 裁判官 井野三郎)

目録

函館市千代ケ岱町八拾弐番地

木造亜鉛鍍金鋼板葺平屋建住家壱棟

建坪 五拾壱坪弐合五勺

の内

家屋番号同町五四九番の参

一 木造亜鉛鍍金鋼板葺平屋建住家

建坪 参拾坪七合五勺

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